2012年1月9日月曜日

メキシコにおける抑圧のパラドックス


Edgardo Buscaglia "La paradoja de la represión"(Edgardo Buscaglia) Casa América. Madrid, España.17.6.2011
エッドガルド・ブスカグリア  「メキシコにおける抑圧のパラドックス」
和訳 Ryu HASEGAWA (アジア記者クラブ通信 234号 201215日号掲載)

ここで二つの重要な側面に触れたいと思います。

第一に、我々が調査した世界中の様々な組織的な犯罪は、未だ科学的に十分に把握できていない程の複雑な要因が絡み合って成りたっているということです。

その中で我々が国連や欧州連合(EUからの多くの支援を受けながら行ってきた、107ヶ国、68に及ぶ研究チームの長年の調査によって明らかにされた要因は実に多様なものです。

組織犯罪の異常な肥大や発生の原因として様々な政治的、社会的、経済的要因や市場のグローバル化などが挙げられます。グローバル化にも暗い側面があるわけです。

テクノロジーの発展もまたそれらに影響を及ぼしています。しかしながらメキシコの場合、組織的かつ過激的な暴力は、非常に興味深い具体的な要因を通じて起こってきたものです。 

今日、グローバル化によりかつて存在していた障壁が崩れたことにより、麻薬取引や人身売買等の不法かつ犯罪的な取引は40年前と比べ遙かに容易なものになってしまったのです。

例えば、アフリカの場合、暴力集団は国家権力の不在によって形成されてきたわけですが、それに対しメキシコの場合、暴力集団が成長し繁栄してきた背後に、それらを利用する何十年も続いた一党独裁政権の存在がありましたそれらの事実は近年出版された様々な研究によって明らかになっています。

一党独裁政権が何十年にも渡り暴力集団を利用してきたことはその当時のボス中のボス、ミゲル・アンヘル・フェリックス=ガジャルド(Miguel Angel Felix Gallardo)のケースによって証明されています。フェリックス=ガジャルドは、現在猛威をふるっている多くの暴力集団を何十年にも渡り支配してきたのです。しかし、メキシコの政治の転換期にそれらのグループは散らばり、やがて競争を始めました。政治の推移期はメキシコに良い面と悪い面をもたらしたのです。

つまり、メキシコの政治が民主化し、その中で多くの党が、州をはじめ、市町村の座を争うようになったということです。

様々な犯罪組織は、政治的、経済的、社会的領域に及んでいた一党独裁体制の権力の元でそれなりに管理されていました。しかし一党独裁体制の消滅後、それらの暴力集団は権力と共に分散していきました。
そして現在、選挙資金の管理や市町村の資産管理、また政党の構成員を政治的に統制するための適切な制度が不在の中、様々な政党は無秩序な手段で、権力を巡り互いに争っているのです。

メキシコ総合会計監査院の刊行物を読めばこれらの事実が私の単なる想像ではないことが容易に判断出来るでしょう。市町村長が任期を終えた後、政府からの給付金で購入したトラックや車をそのまま自宅に持ち帰ってしまうなどの、政治的腐敗の報告は日々メキシコで公表されているのです。

ここに深刻な問題があります。この「選挙制度」により過去、単に政府により運営されていた犯罪組織は、市町村が政治的に孤立しているところに目をつけました。市町村が選挙活動のための資金調達を、公式もしくは非公式な手段でやりくりする中で、その政治プロセスに介入し、逆に運営する側にまわったのです.

現在、メキシコ国家は百を超す政治グループに分裂しています。そうして、各グループはそれぞれ違う暴力集団により支配されています。Nuevo León州の警察の一部はロス・セタスにつき、また、他のある一部はシナロア・カルテルに付いています。この二つに分かれた警察のグループはお互いに撃ち合いをしています。つまり、行政機関自体が暴力集団の一部になっているのです。その成り立ち方は分裂的で非常に混沌としています。

それは暴力の増加及び残酷化の原因となっています。現在、メキシコの暴力集団が行っている犯罪行為は麻薬取引に止まらず、移民者の人身売買、脅迫、商品偽造、密輸など22種類にも及びます。

これらの22に及ぶ犯罪行為はメキシコの暴力集団にとって大きな資産源となっています。金融機関の数々の報告によりメキシコの暴力集団はその資産を元にメキシコ国内だけではなく、52にも及ぶ国々の行政機関と結託していることがわかっています。彼らはこの52ヶ国内で、その地盤を固めているのです。

現在、情報機関のある報告によると、スペインやドイツにまでメキシコの暴力集団の存在が認められています。それらも集団は暴力的活動を行っていないものの、今日のシナロア・カルテルの繁栄に非常に重要な経済的役割を果たしています。

繰り返しますが、シナロア・カルテルのような犯罪組織が52にも及ぶ国にて政治家や企業を買収するためには、ドイツやスペインのような国々で闇資金を動かすことが必要です。

一見意外なように見えますが、犯罪組織は最終的に彼らの資産を隠す必要性が生じた場合には、法治国家を選択するのです。つまりは、公平な裁判官が存在し、そして予測し得る司法制度が機能している国々に自身の資産を預け、その安全を確保するのです。

さて、メキシコ政府はこういった状況の中で、街の中に兵士及び警察官を配置し、検事を増員するという極めて限られた手段で解決を図ろうとしています。しかし、暴力集団の資金(不動産、金融、農畜、鉱山業などの分野において大量に存在する彼らの正式的な会社)に対し一切措置を行おうとしないために、残念なことに彼らはすぐに買収されてしまうのです。

犯罪組織の資金に政府が介入しないことには至って簡単な理由があります。それは、これらの正式的な会社は選挙運動の援助資金の元になっているからです。メキシコ軍の情報機関によると、暴力集団が一部、または全体的に関与する選挙運動は65%にも及んでいます。

その結果、メキシコにおける民主主義の発展は支障を来しています。選挙の結果をよく観察するとそこに暴力集団の影響が及んでいることが見てとれるでしょう。当然その結果、政治的発展も遅れてをとっているのです。

この悲惨な状況に対して、メキシコ政府は弾圧という手段で立ち向かおうとしています。が、残念なことにその弾圧には、司法に乗取った制裁が伴っていないのです。それは文字通りただの弾圧でしかなく、法治国家が要する確固たる判決や控訴等がそこには存在していないのです。逮捕者の99%には判決が下りません。この数字は公式的な統計によるものですが、それはつまり、メキシコが無法状態であることを意味しています。

これは深刻な問題です。なぜなら弾圧を行うことによって不条理が生じるからです。政府が兵士や警察を派遣すればするほど、暴力集団は先に述べた隠匿資産でもって彼らをますます買収し、その増大した汚職や暴力を使い自身の組織を防衛するからです。その結果、非常に残念なことに、一連の極めて残虐な組織的暴力が生じているのです。

この増大した汚職や暴力の抑制に励む国々の行っている対策は国連のパレルモ協定に見事に述べられています。パレルモ協定とは犯罪組織の問題を対象とする目的で築かれた国連の協定です。
パレルモ協定には4つの重要な対策があります。その4つの対策を同時に適用した様々な政府は、暴力集団の抑制になにかしらの改善を証明しています。

第一の対策は司法制度に乗っ取った制裁を実現させることです。法治国家というものは、当たり前ではありますが、正しく機能する司法制度を要します。

被害者、容疑者共にその権利が尊重されるのが法治国家というものなです。
この残虐な状況を前にして私がなぜこんなにも人権の重要性を主張するのか多くの人は疑問を持つことでしょう。実際役人達にも個人的に言われることがあります。しかし私は彼らに対しこの様に返します。
人権の国際協定を綿密に尊重してこそ、市民たちは徐々に権力機関の正当性を知覚できるようになるのですそうして人々は検察が容疑者を告発する時に役立つような証拠を提供することを始めるでしょう。
この側面は公共政策の第一の柱ですが、現在のメキシコにおいてはそれが欠如しています。メキシコ政府の弾圧政策が機能しないのも、はやり司法制度が正しく機能していないからです。

あなた方に強調したい第二の重大な対策とは「社会的な予防」です。
「社会的な予防」とは決して単なる政治家の演説のネタなどではなく、実際に12歳から18歳ぐらい迄の少年たちを武装させ、ギャンググループに加入させてしまう社会的な原因に対し適切な対応を行うことです。

それらのギャンググループは超国家的、地域的、及び地元的範囲で存在しています。

少年の非行の原因として教育、薬物依存、家族の機能不全、地域環境などによる要因が挙げられます。政府や市民社会が団結してこれらの問題の改善に務めなければなりません。

現在イタリアではLIBERAという1200の市民団体からなるネットワークを通じて、バーリのように地方自治体と市民団体が団結して健康へのリスク、または教育問題、人生における可能性の欠如などに関するテーマへの取り組みを始めています。メキシコ政府においてもこのような取り組みを緊急に行うべきです

パレルモ協定においていわれる第三の重要な対策とは政治の腐敗に対する予防です。政治家を追求するために警察や検事をただ増やすだけでは政治の腐敗を解決することはできません。
必要なのは、それぞれの政党や派閥自身が協力し合い自制すること、自浄すること、そして蔓延している政治的腐敗を一掃することなのです。

メキシコの場合、右翼、左翼、中道を問わず腐敗がはびこっている状況にあります。

イタリアでは過去に政治浄化運動(「清廉」Manos Limpias)が行われました。同じく政治浄化運動に成功した国々があります。それらの国々では、第一に政界が自問自答し、また、政治的ルールを新たに設定することで、今日のメキシコで起きているような選挙運動における犯罪組織の資金投入を防ぐことに成功しました。

繰り返し言いますが、メキシコにおいてこのような運動は発展しておらず、選挙運動への暴力集団の介入の阻止、また、国が行う公開入札や政治領域への暴力集団の介入に対する予防も実施されていません。

政治的な保護のおかげで、暴力集団はその活動の場を内にも外にも広げることができるのです
パレルモ協定の第四の重要な対策は暴力集団が行っている公式的かつ合法的な経済活動で得る資産を凍結することにあります。
世界の68カ国の金融機関の報告書から、メキシコの国内総生産において67%の経済的分野に暴力集団の介入があることが明らかになりました。

これは何もメキシコだけで起きていることではなく、世界中で起こっていることなのです。しかしメキシコでは、暴力集団を経済的に解体するための対策を用いていないのです。そしてそれはマネーロンダリング対策だけでは十分ではありません

例えば、暴力集団が人身売買や麻薬、武器を運ぶために使用する乗り物や、またそれらに加えて密輸品、コピー商品が保管されている倉庫などは合法的に設立された会社が所有しているのです。

我々はそれらの会社を特定し、解体しなければなりません。これこそが犯罪組織(暴力集団)にとっての重要なロジスティックスなのです。

ここまでお話した4つの対策なしでは、メキシコを苦しめる一連の暴力や汚職の問題を抑制することは非常に困難であります。
当然のことながら、アメリカやヨーロッパ連合内における違法薬物の消費は常に暴力集団に利益を持らす要因となってきました。しかしながらメキシコ内で暴力問題が深刻化する以前も以後も、アメリカにおける麻薬の消費量はかわらず多いのです。

つまり北米内での麻薬消費による利潤は現在メキシコを苦しめる暴力の要因になり得ないのです。もちろん、米墨国境線のアメリカ側には一万二千もの銃砲を販売する店があります。しかし、それらも以前から既に存在していたのです。すべての原因を銃砲店に帰することもできないでしょう。

一つ注目すべき重要な要因があります。我々は何をもって一連のメキシコの暴力集団とイタリアの伝統的な暴力集団の違いを説明できるのか。またコロンビアの暴力集団との違いとは何か。
メキシコの暴力集団は、分かっているだけでも世界の52ヶ国に拡大しており、また22にも及ぶ犯罪を犯していることから非常に多様化していると言えます。それは、その集団が千の首を持っているようなものです。

それはつまり、かつてイタリアに存在していたようなピラミッド型の縦組織ではないということです。これと戦うのは非常に困難なことであります。なぜならそれらの集団は自立した小さなグループ群から構成されており、ある命令系統を通して本部と連携しているからなのです。Chapo Gúzmanがすべてではないのです。そこには、起業家や政治家の名前も載っているのです。

ここで重要なことは、まず、このメキシコの暴力組織集団を抑制する手段があることを認識することです。他のいくつかの国々で結果を出した公的政策は存在しているのです。そうして第二に、現在メキシコの政府が民主主義への政治的な移行期にある中、こうした暴力集団の抑制に対する政策を行うことができず苦しんでいる現実があります。それは、こういった政策を支援するべき立場にある企業家や政治家が同時に暴力集団の存在のおかげで利益を得ているからなのです。同じ事態が生じている国々の起業家や政治家たちは困難に立ち向かっています。つまりは、エリート層が、メキシコの中間層と同じ苦しみや痛みを被った時、初めてこの政策を始動すべく彼らは動き出すということです。

この痛み、更にこの暴力がスリム家(Telmexオーナー一族)Azcarraga家(Televisaオーナー一族), サリナス=プリエゴ(元大統領)家などに現実的に及んだ時、初めてこの政策は重大さを持つでしょう。彼らは必ずしも、暴力集団の犯す犯罪に手を貸したりしていませんし、またその責任が彼らにある訳ではありません。しかし、彼らはこれらの政策の実行の為に十分に力を貸しているとは言えない状況なのです。

そうして上院議員や代議義士もまたイタリアにて政治家たちが会員制の高級クラブに暴力組織の人間を招待していたのと同じ様に、彼らと深い関係を持っています。しかし、彼らがメキシコ市民の苦しみを経験した時、初めてこの政策は重要性を増していくのです。

しかし誠に残念な事に、メキシコはまだ、その状況にまで辿り着けてていません。これからもメキシコは痛みを伴うことになるでしょう。現在メキシコの政府は、国内の特定の暴力組織だけをターゲットとする解決方法に賭けています。しかしこれは決してうまくはいかないでしょう。たくさんの国内や外国の暴力集団が存在し、それらの集団は権限とメキシコ政府の獲得を巡り競争しているのです。そうしてこの22の違法的な商売とメキシコ政府の獲得を巡る競争が、残酷な暴力の原因となっているのです。

そこで万事解決策とでもいいましょうか、麻薬の使用を合法化しようとする案が存在しています。それはまるで大麻を合法化すれば、麻薬組織のボスがこの世からきれいさっぱり消滅するかのような案ですが、そんなことはあり得ないでしょう。

これらの暴力集団はあまりにも多様化していますし、その上、麻薬の合法化は医療政策としては議論に価するでしょうが、それは制度的にしっかりとした足場がある国々に限ってのことで、それをもたないメキシコにとっては暴力集団への有効な対抗策にはならない でしょう。

最初の足場として、健康や労働、公共事業や教育などを扱い、例えば(註:麻薬の合法化の中でも、麻薬中毒が増えないように)イタリアのように市民社会の協力の元で行う人間の安全のための、健康、労働、公共事業及び教育などを扱う政府の省庁で、社会的な非合法薬物の予防政策に取り組むことです。

しかしメキシコには、そのような薬物予防政策は存在しません。仮に社会的な予防政策抜きで麻薬の合法化を許したりすれば、麻薬の需要が増え、消費が増え、死人の数が増え、中毒者が増えるだけのことでしょう。そして第二に、麻薬管理の囲い込みの重要性が挙げられます。

メキシコには己が持つ抗生物質とアスピリンを調整して使う力がありません。そういった意味では、麻薬は、将来的には合法的に使用できるようになる可能性はあるにせよ、現時点で合法化を行うことはかなり難しいでしょう。この政策は一見、魅力的であり、いかにも良策らしくみえますが、ブーメランのように跳ね返ってくることも十分にあり得うり、そのような政策を行う前には、まず、国家をしっかりと制度化するべ きなのです。
繰り返しますが、この政策は医療の分野においては、素晴らしい案かも知れませんが、しかしこのヨー ロッパ、アジア、アフリカへ勢力を伸ばしている暴力集団という巨大な怪物を抑制するための政策ではありません。

ご静聴ありがとうございました。


 
Temas: Edgardo Buscaglia - Paradoja de la represión...

*Edgardo Buscaglia の提案が実行されてきている
13.5.2013 Libera: la sociedad civil contra la mafia en el mundo
*La detención del Z-40 parece pactada con el gobierno de EPN: Buscaglia